


UMIUMA JOURNAL
水産加工会社のイメージや常識を覆す、石巻のたらこ屋さん。
パティシエのコックコートを着用。敷地内に保育園も。


1980年の創業以降、無添加・無着色のたらこにこだわり続けている、宮城県石巻市の湊水産。その工場を訪ねてまず驚くのは、作業をしている従業員の方々がパティシエのコックコートを着用していること。一般的な水産加工会社の工場のイメージとは、全く異なる風景です。「震災後に新しく建てた工場では、たらこをただ作るだけでなく、従業員にスポットライトが当たることを考えました」と話すのは、同社の代表取締役・木村一成さん。「これまでの作業着は重くて動きにくく、従業員の負担になっていました。そこで素材を国産レザーにしたり、水を使わない場所では長靴もやめました。最初は『えー』と戸惑う声もありましたが、試着後は『かわいいね』と言ったりして、いいモチベーションにもなっているようです」。

また、同社では敷地内で保育園を運営。水産加工会社としては非常に珍しい取り組みですが、「震災後、新しい人材が必要になったときに、『子どもを預けられたら』という声が多くありました。それなら自分たちで作ってしまおうと保育園を運営することにしました」と木村さん。これにより、若い世代の女性従業員も増え、自社の人手不足を解消。さらに近隣住民の子どもたちも受け入れることで、地域貢献にも繋がっています。

2011年の東日本大震災で、湊水産は金銭以上の損失を被りました。「1階部分がすべて浸水してしまい、事務所に設置してあったパソコンのサーバー4台に入っていた65万件ものお客様の注文データを失ってしまいました。機械や設備を失うよりも痛手でした」。
被災してから50日以上もの間、水も電気も使えず復旧作業は難航しましたが、木村さんは従業員を解雇せずに、売上の立たない2カ月近くをしのぎました。津波で流されずに残った設備を洗浄、消毒して準備が整うと、新しく仕入れた原材料を使って5月から加工を再開しました。
「最初は数種類しか商品を準備できませんでしたが、スタッフが揃い、たらこの漬け込みをしたときには、いろんな想いがこみ上げてきて従業員たちと一緒に泣きました」と木村さんは振り返りました。
他社や他業界とコラボした商品が続々と受賞。
2014年、新社屋が完成すると、ようやく事業が本格的に再開します。「震災前は冷凍品が中心でしたが、常温流通ができる商品の開発を始めました。以前から構想のあったスモークたらこを試作してみたところ、試食した女性従業員が『これはおいしい』というので、焼きたらこの技術を使って常温流通が可能な商品として売り出しました」。
しかし、この新商品が海外の日系量販店での販売が決まった矢先、新型コロナウイルスの感染が拡大し、すべてがストップしてしまう事態に。それでも木村さんは「とにかく新商品をつくる時間にあてました」と家庭向け商品にチャンスがあると考え、新商品開発に舵を切りました。


そうして作られた商品の一つが、第81回ジャパン・フード・セレクショングランプリを受賞した「石巻金華茶漬セット」。東日本大震災や新型コロナで苦境に陥った地域の水産業者が手を取り合って誕生した商品です。「出品された中で最高得点でした。審査員の方々からは『軽食ではなく、れっきとしたご馳走』など、うれしい言葉をいただきました」。このように地域内の水産業者で手を組んで商品化する動きは、以前は見られなかったそうです。「それぞれの強みをいかしながら、みんなで考えて、みんなで作っていく。それが石巻の水産業の将来に繋がっていくのだと思います」。


また、木村さんは業界の枠をこえたコラボレーションにも取り組んでおり、宮城県内の農家と協力した商品も展開しています。涌谷町の“黄金レモン”を使用した「黄金レモンたらこ」は、第49回宮城県水産加工品品評会で水産庁長官賞を受賞。また、柴田町の“雨乞の柚子”を使用した「雨乞のゆずたらこ」は、第48回宮城県水産加工品品評会で宮城県知事賞を受賞。大崎市の紫蘇の葉を使用した「しそ明太子」は、第71回ジャパン・フード・セレクションでグランプリを受賞するなど、その味わいが企画性が高く評価されています。

「水産業界だけで考えると行き詰まってしまう面もありますが、目線を変えてみれば、宮城にはおいしい農産物があふれています。そこに我々の知識や技術を掛け合わせることで、可能性は無限に広がっています。それが新しい地域産業に繋がっていけばうれしいですね。いずれは県北の林業とコラボしたりして、器を作ったりしてもおもしろいかもしれません」と楽しそうに語る木村さん。従来の水産業のイメージや常識にとらわれることのない、湊水産の新たな取り組みに注目です。
COMPANY INFO 今回のつくり手さんの会社
